morinosoyの日記

ライティングの練習も兼ねて、いろいろな記事を載せます。

その選択は間違いではなかったと信じている。けれど…『バベットの晩餐会』を観て

11月21日から本日、12月20日までGYAO!で無料配信されている『バベットの晩餐会 HDニューマスター版』を滑り込みで観ました。1987年に公開され、同年度のアカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞しているデンマークの映画です。

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gyao.yahoo.co.jp

事前情報を何もなしに観たのですが、想像以上に心が揺すぶられて久しぶりに枕を涙で濡らしました。とてもいい時間を過ごせたので紹介します。

 

 

 

あらすじ(ネタバレなし)

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舞台は19世紀後半、デンマークの小さな漁村。牧師である老父と美しい姉妹が清貧な暮らしを送っていた。彼女たちのもとには若者たちや、姉にはスウェーデン軍人、妹にはフランスの有名歌手が愛をたずさえてやってくる。けれど姉妹は父の願うように、父の仕事を手伝い仕える道を選び、清廉な人生を過ごしながら年老いていく。そこにパリ市の動乱で国を追われ、彼女たちに仕えることになったフランス人女性バベットも加わり、慎ましくも充実した日々を送っていた。姉妹の父の生誕100周年を祝おうと計画している矢先に、パリからバベットに一通の手紙が届く――。



あらすじ(*ネタバレあり)

パリから届いた手紙には、故郷との唯一のつながりである毎年パリの友人が買ってくれている宝くじが当選した旨が書いてあった。一万フランという大金をバベットが手にしたと聞いた姉妹は、「とうとうだわ。神は与え、取り上げられた」とバベットがパリへ戻ることを予感する。そんな折に、バベットからかしこまって「牧師様の生誕100周年を祝う晩餐会を自分に作らせてほしい」「フランス料理を」という申し出をされる。たった一度の頼み事だから、費用も自分が出すので任せてほしいというバベットにおされ承諾する姉妹だが、その準備の様子は姉妹にとってショッキングなものだった。生きたウミガメやウズラの調理される様子に恐れをなした姉マーティーネは村人たちに告解し、晩餐会では食事を味わうことなくその話も一切しないことに決める。晩餐会には過去に姉マーティーネに求愛したことがあり、またパリに滞在していたこともあるローレンスも参加することになる。

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最初こそ警戒して食事に挑んでいた信者たちだったが、素直にその素晴らしさを賞賛するローレンスと食事の美味しさに次第に心がほころんでいき、集まれば口論ばかりしていたものたちも笑い合って満たされた時間を過ごす。晩餐会が終わった後、バベットから以前はパリの一流レストラン「カフェ・アングレ」の料理長であったこと、そしてパリに戻る気はないことを知らされる……。

 

以下感想⇓*かなりネタバレ

 

姉妹とバベットの間で睦まれる関係

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左から姉マーティーネ、バベット、妹フィリパ

時間とわずかな収入のほとんどを善行に費やして暮らしていた姉妹のもとに、嵐の夜に突然やってきたバベット。無言で差し出してきた手紙は妹フィリパにかつて求愛していたアシール・パパンからのもので、フランスで吹き荒れる革命で夫と息子を殺され、やむなく母国を出た彼女を置いてやって欲しいとのこと。貧しくてとても雇えるお金はないと言うが、「あの方のお友だちに仕えたいのです。お金はいりません」という彼女を迎え入れる。

言葉を教え、料理を教え、バベットに家事を任すようになるとその手腕のおかげで思いもよらぬことに生活に余裕が出てきた。家事に当てていた時間も善行の為に使うことができるようになり、姉妹にとってバベットはなくてはならない存在になっていく。それは信者たちもバベットを使わされたことを主に感謝して祈るほど。

14年の歳月が流れバベットが去ることを予感するとき、姉妹は「主は与えられ――取り上げられた」と彼女を祝福しながらも悲しみを隠せない。

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晩餐会が終わり、バベットからパリには戻らないと聞くと喜びに思わず笑顔になる姉妹だったが、「パリには戻れない」「すべて失いました」と続く言葉やこの晩餐会で一万フランを使い切ったことを知る。「私たちのためにすべて使ってしまうなんて」「一生貧しいままになるわ」という姉妹に、「理由は他にもある」「貧しい芸術家はいない」と答えるバベット。

一人の芸術家として、料理人として最高の仕事をもう一度やりたかったバベットはとても満ち足りた、しかし何かを失ったような寂しげな表情をして語ります。そんな彼女に妹フィリパは突き動かされるように近づき、

「でもこれが最後ではないわ、絶対に最後ではないわ。天国であなたは至高の芸術家になる。それが神の定め、天使もうっとりするわ」

と言って彼女を抱きしめます。

その言葉は、14年前バベットとともに届いたアシール・パパンからの手紙に書かれていたものでした。 

姉妹が若い時分にフランスからやってきた有名歌手パパンは、教会で賛美歌を歌う妹フィリパの歌声に惹かれ、レッスンをさせてくれと頼みます。その歌声を天空の輝く星だと評され、皇帝もお針子もフィリパの歌声を聞きに訪れ富も貧しさも忘れるだろうとまで絶賛されパパンの愛情の高まりも感じていたフィリパでしたが、レッスンをやめることを選びました。

正直序盤でこのシーンを見た時には、パパンの迫り方や愛情の表現の仕方がぐいぐいきすぎている感じがして(姉妹も異性に対して特別な感情を見せないようにしていたからなおさら)気持ちわるかったんだろうな、くらいにしか思わなかったのですがラストシーンを見て全てがつながりました。

選択するということ

姉マーティーネはローレンスとの未来よりも父へ仕えることを、ローレンスは想いを寄せる人と清貧な暮らしをするよりも野望を。
妹フィリパはパパンとの未来や歌手としての舞台よりも姉とともに父へ仕えることを、パパンは隠居や自分だけの歌姫よりも地位も名声もある現状を。
バベットは母国で夫や息子と処刑されるよりも生きることを、そして手に入ったお金で生きなおすことよりも最高の仕事をすることを選びました。

“選択”という言葉はこの作品の要所要所で使われています。王妃の侍女と結婚し、将軍という地位も手に入れたがすべてに空しさを感じているローレンスがこの晩餐会に向かう前に、「夢はすべて叶えた。野望も満足させた。その結果は?今夜結論を出そう、私の選択は正しかったと思わせてくれ」と若いころの自分と自問自答します。

パパンはバベットが持ってきた手紙の中で「私の方はごま塩頭の孤独な老人。かつてのファンにも忘れられた。あなたはより良い人生を選んだわけです」と、妹フィリパは楽しい家族に囲まれているでしょうと想像した上で語っています。

選択には後悔がつきものです。どちらを選んだって後悔しないことはないでしょう。ですが、姉妹とバベットは自身の“選択”について触れる言葉は交わしません。これが正しい道なのだと信じて、日々を重ねて生きているからでしょうか。

 

後悔はない、あったかもしれない未来だけがある

誰かと恋をして結婚し、子供に囲まれた未来があったかもしれない。オペラ座に立ちスポットライトを浴び、大勢の人を歌声で癒す未来があったかもしれない。それはたとえ満たされた生活の中でも、ふとした時に忍び寄り姿を現したでしょう。決して後悔しているわけではないけれど、そこには可能性だけがあった。

ラストシーンで妹フィリパが、14年前に届いた手紙の言葉をそっくりそのまま使うことから、彼女が自分の芸術家としての可能性になんらかの思いを抱いていたことがわかります。

そしてバベットが高名な料理人であったことがわかり、それを「彼女は料理の名手です」とだけ言い寄越したパパド、給金を払えないと言っても「あの方のお友だちに仕えたいのです」と言って引き下がったバベットの心持がここで判明します。ついぞ表舞台に立つことはなかった芸術家である妹フィリパのもとに、忘れられた芸術家であるパパドが、再び表舞台に戻ることはないバベットを送ったのです。

故郷も家族も、すべてを失ったバベットは、せめてこの芸術家としての喪失と希求を理解してくれる人の側にいたかったのではないでしょうか。

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晩餐会で次々と素晴らしい料理が運ばれてきても、料理については触れずずっと牧師様や聖書の話をしている信者たちを見て驚きを隠せないローレンス。自身の選択の正しさを確かめに来たことなど、美酒佳肴で満たされていくにつれ愚かな考えであったと気付きます。

「心弱く目先しか見えぬ我らはこの世で選択をせねばならぬと思い込み、それに伴う危険におののく。我々は怖いのだ。けれどもそんな選択などどうでもよい。やがて目の開く時が来て我々は理解する、神の栄光は偉大であると」

「そして見よ、我々が選んだことはすべて叶えられる。拒んだものも与えられる。捨てたものも取り戻せる。」

 付きまとう過去の陰から逃げられることはありません。けれども、未来に希望を抱き、前を向いて心穏やかに過ごすことはできる。地上での想いと、天国での再会を約束して残りの人生を過ごす彼らと、続いていく彼女たち三人の生活に祝福を感じます。

 

まとめ

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人生における選択と、それにつきまとうあれこれについて文章を連ねましたが、この映画はグルメ映画としても有名です。なんといっても一万フランかけた豪華なフランス料理の数々。ウミガメのスープやウズラのパイ、他にもキャビアをたっぷり使った料理や贅沢に切ったチーズ、フルーツ、そしてワイン!観ている途中どうしてもワインが飲みたくなり、一時停止してグラスを取りに行ったほど。

これからの年末年始にオードブルを囲みながら、家族で観る映画としてはこれ以上ないものです。美味しい料理が出来ていく過程を楽しみながら、人生の幸せについても思いを馳せられます。みんなで食卓を囲み、身も心も満たされることの幸福がより一層感じられることでしょう。

他に観られるサイトは?

AmazonPrimeVideoでは配信されているようです。レンタルショップにも置いていると思うので、是非今年最後の感動に、『バベットの晩餐会』を。

www.amazon.co.jp

 

mermaidfilms.co.jp