morinosoyの日記

ライティングの練習も兼ねて、いろいろな記事を載せます。

目覚めた女性が自分を生きるロマンス小説「青い城」モンゴメリ著

 

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モンゴメリ『青い城』 画像はKADOKAWA文庫HPから

 

自分だけの“青い城”を最後に訪れたのはいつだっただろう?私の“青い城”は人里離れた森の中にある、日本家屋だった。

 

森は山の麓に広がるようなものではなく、フィンランドの森のように夏にはベリーやキノコが実り、長い冬の間雪の下に隠していた鮮やかな色彩を放つ。外見は瓦屋根の日本家屋だが、和室と洋室のどちらも備わっていて、家の裏には充分な広さの縁側がある。低い木に刺しておいたオレンジをついばむ鳥の声と、のどかに差し込む日光に満ちた部屋で、ただぼんやりと日向ぼっこをしたり乾物を作ったりするのだ。

 

人の気配はたまに現れるぼやけた影だけ。縁側に干している洗濯物の周りで、ふんふんふふふ、と鼻歌を歌い洗濯物を干すまねごとをしているのだ。陽だまりにとけるその声はとても好きだが、彼女が私に気付くことはない。ご機嫌で、たしかな存在だけを感じるいい隣人だった。私の“青い城”は数年前にうち壊されてしまい、彼女の鼻歌を聴くこともなくなってしまったが。

 

新生活が始まる四月を控え、私は精神的に参っていた。やらなければいけないことも、「やらなければいけない」という意識に押しつぶされ、何もできないまま一日が過ぎていく。寝て食べてを繰り返して体力が回復してきた頃に「本の世界に浸りたい」と本棚の積読を崩し、モンゴメリ「青い城」を手に取った。

 

心が弱っていたので、とにかく苦しい現実を忘れられるものが読みたかった。積読の中で唯一、作品紹介でハッピーエンドが約束されていたものがこれだ。”すべての夢見る女性に贈る、心温まる究極のハッピー・エンディング・ストーリー!”

 

あらすじ

貧しく、世間体を気にして逸脱を許さない家庭で寂しい日々を送る内気な独身女(オールド・ミス)、ヴァランシー。その反動で空想の世界にすばらしい”青い城”を持つ彼女のもとにある日、以前受診した医師から手紙が届く。そこには彼女の心臓が危機的状況にあり、余命はもって一年である旨が書かれていた。

悔いのない人生を送ろうと決意した彼女は、以前の彼女では考えられないようなとんでもない行動をとりはじめる。母親への口答えから始まり、暗黙の了解で縛られていた行いを次々と破り外の世界に出始める彼女。死ぬまでに自分の”青い城”を持つことができるのか?

作家情報

作者は『赤毛のアン』シリーズで世界中に愛されているL.M.モンゴメリ。1908年に『赤毛のアン』を出版して世界的ベストセラーになって以来、同シリーズの他にも多くの短編や長編を出版。日本で訳書が出版された初めてのカナダ文学者でもあります。

ほとんどの作品はモンゴメリの生まれ育ったプリンス・エドワード島を舞台に書かれているが、『青い城』は長編で唯一、モンゴメリが夏の休暇に訪れて魅了されたトロントの北部にあるバラを舞台に書かれているそう。

 

「恐れは、原罪である」――ひとりの女性の目覚めの話

主人公ヴァランシーはいつもおびえていて、家族に逆らうことも出来ずにただ言いなりになっている。小説を読むことや一人で部屋にいることさえ咎め、その日ぼうっとしていた時間を細々と書き出させて懺悔させる母親。なにもかもぱっとしない彼女を皮肉り、絶えずからかってくる親戚たち。機嫌を損ねることを恐れ黙って受け止める彼女の唯一の楽しみは、空想の中の“青い城”と、自然について書かれたジョン・フォスターの本を読むことだった。

 

一番古い記憶でさえ、戸棚の下に大きな黒い熊がいると聞かされこわがっているというものであるというヴァランシーはいつだって何かを恐れていた。心臓に異変を覚え、その道の名医である医師に見せに行きたいが親族のかかりつけ医ではない医師にかかることで彼らの機嫌を損ねることを恐れているヴァランシーの目に、ジョン・フォスターの新刊のある文が飛び込んだ。

 

「恐れは、原罪である」

「世の中のほとんどすべての悪には、その根源に、だれかが何かを恐れているという事実がある。恐れは、冷たい、ぬるぬるした蛇のように、あなたにまとわりついてくる。恐れを抱いて生きるほど、恐ろしいことはない。それは、誰がなんと言おうと、恥ずべきことなのだ」

 

 

この言葉をうけ、名医の元へ受診しに行った彼女に余命宣告の手紙が届くのだ。

 

死を宣告された彼女に恐れるものは無くなった。母親や親族を怒らせるのが怖かったのは、ずっとその者たちの間で暮らしていかねばならず、自分が折れない限り平和が保たれないと思っていたからだった。病気のことは誰にも告げず、恐れを手放した彼女は残りの人生を自分を喜ばせることに使うと決め、少しずつ自身の感情に素直に行動していく。

 

いつも心の中で思っていたことを口に出したり、親族からのあざけりにウィットに富んだ返事をするだけで気がふれたと思われるヴァランシー。世間体を気にする親族たちは彼女をいっそどこかに監禁してしまおうと躍起になが、彼女は親族たちに存在をなかったことにされるほどの突飛なことをはじめる。

 

意志を持ち対等に会話をしようとするだけで気狂いとされ、いつまでも子ども扱いし支配しつつも不名誉なオールド・ミスとして責めたてる家を出て、以前のままでは関わることのなかった人たちと一生分のきらめきを閉じ込めたような日々を過ごす、抑圧された女性が生きなおしをする物語だ。

 

埃かぶった置物のような親族たち相手に歯に衣着せずぽんぽんと言葉を返していく様子や、古臭い決まりを次々と破り、村のやっかいもの扱いされている人たちの家に乗り込んで交流を深めていく姿は爽快だ。日本でミュージカル化されているのもうなずける。

 

のちにヴァランシーが夢のような日々を過ごす、トロント北部のバラをモデルに書かれた場所の描写も「赤毛のアン」を読んだことのある人ならわかるだろう、モンゴメリの素晴らしい筆致で描かれ読者を森の中に誘い込む。読書中のあふれる多幸感に溺れること間違いなしだ。

 

なんといっても”ハッピー・エンディング・ストーリー”!約束されたハッピーエンドに傷心中も安心して読むことができるのでおすすめだ。

読み終わってみると王道のシンデレラストーリーのようにも思えるが、この作品では女性の抑圧からの解放、目覚め、自立などが描かれているように思う。一度目覚めてしまったら、もう戻ることはできない。

 

「恐れは原罪である」――往々にして私たちは人の目や将来を気にするあまり、"生きている"と言えない日々を過ごしてしまうことがある。そんな時にこの言葉を思い出したい。

 

青い城 (角川文庫)

青い城 (角川文庫)